はい、ひさじまんです。
私は、現在51歳です。今日は、若い頃の事を語りましょう。
養護学校在学中に、卒業後の事を自分なりに考えていました。
それは、仕事に就くか進学するかと言う事です。
担任の先生から「久島、進学する気はあるか」と聞かれ、
私は「僕が進学する大学はありますか」と言うと、
先生が「鹿児島大学の試験問題をやってみるか」と言われて、
問題を解き始めました。難しかったけど、すべて解きました。
数日後、先生が答案用紙を持って来られ、
「合格だ」の一言にビックリしました。
それは、「無理だろう」と思っていたからです。
私は、本当の事を言うと自信がありませんでしたからです。
でも、内心「進学出来るなら行きたい」とも思っていました。
それから、先生と一緒に鹿児島まで行って、受験したのです。
結果は、見事に『合格』していました。
ですが、ちょうどその時期に親父が他界したので、進学を
諦めました。運がなかったのです。
そんなもんで、授産施設に入所し、印刷の仕事に就いたのです。
仕事は、きつかったけど、8年間頑張りました。
この時点では、まだ『結婚』なんか考えていませんでした。
付き合ってた彼女はいましたが、「まだ早い」と思っていたのです。
今思うと、「あの時がチャンス」だったかも知れないのですが。
施設生活にピリオドを打って、自立生活を始めたのですが、
本当の意味で『自立生活』が出来ていなかったような気がしていました。
自立生活とは、地域で生きて仕事して、家庭を作るものだと思います。
私には、それが出来ていませんでした。とにかく自己中心主義者だったからです。
人の話しなんか聞いていなかったから。昔は・・・・・。
でも、これまで生きてきてようやく周りが見えて来ました。
心の落ち着きが分かるようになりました。
私は、我が家の跡取り息子なので、子孫を残したいです。
でなければ、『久島家』は途絶えてしまいます。
妹もいますが、これがまた子供が出来なくて、残念です。
せっかく地域で生きているので、『結婚』はしたいです。
いつでも楽しい家庭も持ちたいとも思っていますよ。
そんな事を考えています。
いつになるかなぁ、私の『結婚』は・・・・・。
ひさじまん。