共同連全国大会熊本ー分科会報告ー

第一分科会


共同連大会の2日目の分科会での話を聞きながら分ける教育こそ、別ではと強く思った。

それは「親の付き添い」を条件に当事者や親が差別と、わなければならないこと。

私も母が共に闘うことや交渉のため苦労して、「通常」学級に通うことは大変だった。

共に学び、共にいきると私が思った事は、私の「障害児」学級経験(現在は特別支援学級)に、分けられた悔しさがあったからだ。

地域の学校に当たり前に障害者を持っている、子どもが当たり前に地域の学校に通う事が、当たり前の社会になる事を早くなってほしいと願いました。

または、現在『24時間介護』が必要としている、熊本市在住のIさんが 熊本市と裁判で闘っています。24時間の介護が、必要なIさんなのに、市はなかなか認めてくれません。

最終的には、市が出した回答は「介護が不十分なところは、QーNETのカメラを利用して下さい」と言う返答があったそうです。

一人の生活を、カメラで『監視』すると言う事は、絶対してはいけない事だと思います。これは明らかに『差別』だと思います。誰だって嫌がる事と思うのです。市は、どうしてそんな事を分かろうとしないのでしょうかね。いい加減頭に来ます。

実際に、そんな人達がハンディーを背負ってみれば、私たちの生活の大変さが分かると思います。今のこの時代、昔と比べると『自立生活』は、し易くなったと思えるのです。家を借りるのも、大家さんの理解があると思います。ヘルパー制度が導入されてから、確実にケアを受けられ易くなったと思うのです。私が思うに、私たちが頑張って来たから、そんな影響が大きくて後輩達の生活があるのだと思います。

『共に生きる社会は、共に学ぶ教育から』なのではないでしょうか。『医療的ケアを受けながら、学校に行ける』の仲間も地域の学校で勉強して、友達と遊ぶことが出来る環境を作って行けたらいいなぁと思えます。

色んな仲間がいて、その人にあった環境作りも大切な事だと、私は必要なんだと考えています。そんな事を考えながら、共同連熊本大会に出席していました。

ひさじまん&テル